コロナ禍にともない新たな法要の行い方
本山・東本願寺は、コロナ禍については、細心の注意を払って彼岸経など仏事に対応してまいりました。もちろん、私ども末寺にも細心の注意をするようにとお話を頂いております。わたしどものお寺では、最近、多くの檀家様が善敬寺で、法要を行います。ソーシャルディスタンスの重要性が言われている昨今、幸いにも、善敬寺本堂・会館ともにかなりの広さがあり、更に椅子でのお参り、休憩も出来ます。また、本堂・会館は、冷暖房完備です。本来、120人が椅子に座ってお参りができます。椅子もかなり大きめの椅子です。ソーシャルディスタンスの観点から40人程度なら十分お参りが可能です。また、自動手洗いの消毒機も完備しております。駐車場も約30台駐車可能です。

「南無阿弥陀佛」と唱えてみれば
南無阿弥陀仏の意味
法然上人の浄土宗・浄土真宗とは、南無阿弥陀仏と申せば往生すると信じてこれをとなえることです。何するときもこれをとなえつつする。行住坐臥に念仏申しながら生活することです。法然や親鸞に魅力を感じてその思想や生き方に共感を覚える人は多くいますが、南無阿弥陀仏の六文字をとなえることとなると、これに抵抗を覚える人は意外と多いのではないでしょうか。
南無阿弥陀仏の意味といいますと、通常、南無は「帰依する」、阿弥陀仏は「無量の光明と寿命をもったさとれる人」であるなどと説明します。しかし、だからといって、すぐにこれをとなえようということにはなりません。そこで、ここではちょっと通常では言わないような説明を試みたいと思います。

親鸞聖人のお言葉
「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」
このことばは、親鸞聖人が詠まれたと伝わる和歌です。親鸞聖人が9歳の時、仏門に入られる決心をされ天台座主である慈円を訪ねましたが、すでに夜だったので、「明日の朝になったら得度の式をしてあげましょう」と言われました。
しかし、聖人は「明日まで待てません」とおっしゃられ、その時詠まれたのがこの歌と伝わっています。この歌の意味は、「今美しく咲いている桜を、明日も見ることができるだろうと安心していると、夜半に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない」ということですが、親鸞聖人は、自分の命を桜の花に喩え、「明日自分の命があるかどうか分からない、だからこそ今を精一杯大事に生きていきたい」との思いが込められています。
今年も3月11日がきました。あの大震災から早くも9年が経過し、あの時に感じた災害の悲惨さ、そして命のはかなさというものが薄れつつあるように思えます。私たちは当然のように自分には明日もあり、また明後日もあり、20年先もあると思っています。また、知らず知らずのうちにそういうことを前提とした生活習慣となり、今ここにしかないこの命を大切に生きられていないことも多くあるのではないでしょうか。
9年前の3月11日には一瞬にして2万人以上の方々がお亡くなりになり、そして9年経過した今もなお、多くの方々が避難生活を余儀なくされているという現実。この現実を経験しても、時間の経過とともにその記憶が薄れ、また当然のように自分には明日があり、今を精一杯生きられていない自分。親鸞聖人の詠まれた歌から、改めてそういった自分に気づかされます。
今までは「明日やればいい」と言って、先延ばしにしていることはないでしょうか?「もう少し落ち着いたら、新しいことを考えよう」「もう少し落ち着いたら、改善に取り掛かろう」「もう少し落ち着いたら、資格の勉強を始めよう」と言って先延ばしし、結局なにも手をつけられなかった今までの生活を改め、これからは「今を精一杯生きる」ことを目標に、何事も先送りせず取り組む生活を送りたいものです。
親鸞聖人のこの和歌は善敬寺の石碑にきざまれています。是非、お参りもかねて足をお運びになってご覧ください。

